うえのブログ

気になったこと、思い立ったこと、調べてみたことなどを書き留める場として使っています。

そういえば以前「社員の生活も守らなければならない」といっている人がいた

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以前勤めていた企業で上の方とよく話す機会があったんですけど、「社員のことも俺が守っていかなきゃいけない」とおっしゃっていました。

正直その話を聞いたときは、なんとなく押し付けがましい感覚があったんですよね。話の前後や言い方も踏まえた上での感覚です。

社員の生活を守るというのは時代的にあまり合わないのでは

確かに社員の生活を守るというのは、昔の日本にあったような家族ぐるみ経営だったら当たり前だったかもしれません。

ただ現状だとなかなか難しいですよね、うっかり大企業でも潰れる可能性あるし。フリーランスとか、転職が当たり前になったら暑苦しく感じちゃいます。

生活は自分で守るけど…って思う

確かに労働者として、雇用主がいるからこそ生活が成り立つ部分は否めないです。むしろフリーになっても、お客様や取引先がいらっしゃるからやり取りが生まれます。

ただあくまで自分の生活は自分だけのものじゃないですか。誰かが養ってくれるわけじゃないし、必要があれば転職とか選択肢に沿って行動します。

つまり自分の判断で守っていくわけですよ。社員の生活は守る!とか言っていても、社員が魅力をなくして転職してしまえばそこで関係はおしまいです。

逆に言えば、やる気がなくてサボりまくる社員の面倒も見ますか?と思っちゃうんですよね。ひねくれ過ぎと思われるから、言葉にはしないですけども。

誰かに自分の行動を制限されるのは嫌

まぁ確かに誰かが「安心しろ、養ってやる!だからたくさん成果を出してくれよな!」って言ってくれたら、依存したくなる気持ちは芽生えるかもしれません。

ただ依存しすぎるとリスクは高まりますよね、何かあっても経営者は責任取れないですし。相手のせいにしたところで、問題は解決しないです。

だからこそ先をよく見据えたら、会社に依存しすぎるのは良くないと強く思います。そして私もずっと勤める気はなかったですし、縛られる感覚があったのでしょう。

その感覚を差し引いても、何かに頼りすぎるとリスクが高まります。選択肢は多いほうが無難です。

守るのはあくまで自分主体の話

会社は結局のところ、守ってくれるわけじゃありません。あくまで社員としての範囲内に限ります。

その部分を大きく捉えてしまい、人生まで守ってくれると勘違いしてしまうのも問題です。

もちろん経営者としてもそういう意識を持つのは良いけど、社員に「お前らの人生も守らなあかん!」的に公言するのはどうかと思います。

きっと依存されてしまうし、慈善事業と勘違いされてしまうかもしれません。会社の成長にも著しく影響を与えてしまいます。

まとめ:頼り切りすぎずに自分のことは自分で守る意識が大切かと思う

何かに頼り切り過ぎてしまうと、自分で考えるのをやめてしまうことが多いです。そうすると本来やるべきことも、なぜかうやむやにしてしまいます。

自分で考えて選択すれば、結果的に同じことでも自信がありますしね。誰かの選択を信じるときは依存が前提だと、失敗したときに他責思考となりやすいです。