うえのブログ

気になったこと、思い立ったこと、調べてみたことなどを書き留める場として使っています。

祖母が、ボケた。

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祖母が、ボケた。母から連絡を受けた。

 

「おばあちゃんが、なんだかおかしい。トイレも一人でまともに行けない」

 

最近眠れないという理由から、眠剤を追加したばかりだった。だからきっと、歩行が難しくなっているのでは?と楽観的に見てしまうのも無理はない。

 

「眠剤の影響じゃないの?」

 

「いや、でも言葉もあやふやだし、いつもと違う気がする」

 

母が言ういつもと違う感覚を肌で感じ取り、言葉があやふやという部分が妙に引っかかった。

 

私は以前、片麻痺の方とお話をしたことがある。脳の血管が詰まり、損傷によって片麻痺を発症した人だ。

 

もし祖母に血管系の何か問題が生じていたとしたら、一刻を争う緊急事態。しかし現状、母はすぐに対応ができない様子だった。

 

「明日にでもおばあちゃんを病院に連れて行くから、何かあれば報告する」

 

恐らく忙しいのだろう。その一文をもって連絡はつかなくなってしまった。

 

私には待つしか無い。実家はすぐに思い立って行ける距離ではないのだ。逆に言えば、そう自分を正当化させることで、安心していたのかもしれない。

 

報告

 

結果として、祖母は心原性脳梗塞を発症していたようだった。しかし脳梗塞が小さすぎて手術するわけにも行かず、入院するもののリハビリをして様子を見るという話を聞かされた。

 

「つまりそれは、現状投薬や外科的なことは何もしない……ってことだよね?」

 

「さぁ……手術は出来ないって言ってたし、発見は早い方だって」

 

早い方?本当にそうなのだろうか。疑問は残る。

 

「でももう、おばあちゃん全然違う人になってたよ。すっごく穏やかで、いつもの憎まれ口がないの」

 

祖母はジワリと嫌味を言う性格で、母はとにかくその一言一言にストレスを与えられていた。私はとくに気にならず、こんなものかと思う程度だった。

 

所謂、祖母は構ってちゃんの気質を兼ね備えていた。いつでも自分が中心でありたいし、いつでも出かけたくて、思い通りに行かなければ納得したフリをしながら嫌味を言う。

 

あぁそうか、私はそんな祖母が嫌いじゃなかったのか。

 

進展

 

「もう浩二に話をして、施設に入れてもらう話になってるから」

 

次の日母は、晩ごはんの温め方を伝えるように、重大な話をサラッと送ってきた。浩二さんは私の親戚で、介護施設の幹部を務めている方だ。やはり内部の者に知り合いがいると、すぐに話を通してくれるのは嘘じゃないらしい。

 

そして見ている一文を受け入れるまでに時間がかかっていると、二撃目が間髪入れず送られてくる。

 

「おばあちゃんの介護度が3以上になれば入れるから、そしたら引っ越すから。今年の9月には出ると思う」

 

突っ込みどころが多数出てくる。実家はどうなるのだろうか?なぜ引っ越すのか。私にとって、帰るべき場所はあの家なのに。

 

「あのね、私にとってあの家は好きじゃないし、あの土地も要らない。権利書はこっちが持ってるけど、元々はあいつらの物だから」

 

あいつらとは、母の兄だ。今回祖母がこうなった際も、一切関わろうとしない。私にとってはいい面しか見えていなかったけど、確執は思いの他大きいようだ。それ以上、私は聞くのを辞めた。

 

「でも……」次の一文で、打つのを躊躇った。少しでも祖母が戻ってくる可能性を指摘したかったのだが、実際は厳しいだろう。

 

入院中に要介護認定の再審査が行われれば、恐らく高い判定が出る。さらに現在歩行が厳しいだけではなく、長谷川式認知症スケールで4点を取ったらしい。

 

このテストは30点満点で、20点以下なら認知症の疑いがあるというレベル。そうか、祖母はある日いきなり、認知症の末期症状となってしまったのか。

 

この状況で歩行困難、認知症スケールも末期の状態。加えて入院中なら、要介護3以上は出るだろう。確か祖母は、要支援1か2だったはずだ。

 

記憶

 

祖母とは、今年の冬に再会した。久々に会った祖母は弱々しく、本当に時間の経過を思い知らされた。長く滞在していたので、祖母を連れて色々なところへ歩いて回ったのを覚えている。

 

「カレーうどんが食いたい」「ラーメンも久々に食いたいなぁ~」

 

祖母は食べることが好きなようだった。そういえば新卒の頃は、よく祖母を連れてラーメン屋を回ったような気がする。

 

実はつい先月、ほくろの癌を切除したばかりだったらしい。悪性では無いものの、切り取れば予後が良いものだった。にも関わらず、癌になってしまったと騒いでいたようだ。

 

すっかり意気消沈し、なかなか食事も喉を通らなかった様子。しかし私が帰ったら途端に元気を取り戻し、普通に丸亀製麺のカレーうどんを完食した。

 

「いや~、しばらく食事も喉を通らなくて、厳しかったんだわ!久々にこんな食ったわ!」

 

あそう、とだけ流した。私の見る中では、最初こそ元気がなかったものの、いつもと変わらない祖母だったからだ。しかし初日のあの元気の無さは、本当に弱っていたのだろうと今なら思う。

 

そう考えると良いタイミングで帰れたんだな、と実感している。

 

冷静

 

しかし祖母がボケた、という報告を受けた時。私はとても冷静だったことに驚いていた。咄嗟に出た一言は、認定の再調査を依頼した方がいいという実務的な話だったからだ。もし予後が悪いなら在宅で見なきゃいけないだろうし、介護度は高い方が有利だとすぐに感じた。

 

祖母が入院した話は親戚中に広まり、あちこちから電話がかかってきたらしい。母はその一つひとつに対応し、ほぼ全員が神妙な面持ちを感じさせる声色だったと聞いた。中には泣く人もいて、大きく感情を揺さぶられたようだ。

 

私は落ち着いた段階で母に電話をした際、「おばあちゃんあの後、魚焼こうとして焦がしたんだって?お腹空いてたんじゃないの~?」と軽口を叩いていた。母は笑いながら、いつもより高いテンションで話していた。

 

さらに後日、私の弟もその報告を聞き、泣きながら電話をかけてきたそうだ。全て事後の話だけど、一人だけ反応が違うのは言うまでもない。

 

みんな、なんだか意外だ。あんなに普段、悪口を言っていたり、親しくも無かったりするのに。ここぞというときに、感情を丸出しにしてぶつけてくる。

 

眉をしかめながら、得体の知れない黒いものに吐き気を覚える。しかし同時に、自分はもっと悲しんでもいいのではないか?とも思う。

 

ある日祖母は、祖母でなくなってしまった。昔のような正常な判断をしている祖母は、もういないのだ。確かに生きている。だがもうかつて行っていたような感情のやり取りや、心を通わすことはかなり難しい。

 

今の祖母は穏やかで、文句を言うこともなく、よく笑う。そして恐らく、私が小学生時代の頃に記憶が戻っている。嫌味を言うこともないし、所謂、施設では人気の高い可愛い系おばあちゃんだ。

 

もちろん認知症の方々に感情が無いわけではない。例え記憶を無くしていても、信頼関係は構築できる。感謝を伝え合うことは出来るし、共に同じ時間を過ごして喜びを分かち合える。

 

しかし現実問題として、脳梗塞を発症する前の祖母と繋がることは出来ないのだ。人の記憶や脳は、こうも脆い存在であることを認めるしか無い。

 

非日常

 

祖母はずっと自宅が大好きだった。祖父は早くに亡くなり、何かあればこの家で最期を迎えるとよく言っていた。だから私も、きっと祖母はこの家で最期を迎えるんだろうとぼんやり思い描いていたのかもしれない。

 

そして実家の存在は、ずっとあるものだと思っていた。実家の周辺には歩いて数秒の距離に川があり、四季折々の香りがいつも気分を高揚させてくれた。だから見切りが付けば、この付近や実家を建て直すのも良いんじゃないかなと妄想していた時期もある。

 

しかしその場所は、母にとって怨嗟の対象でしかなかった。一瞬、家族で過ごしていたあの時間が失われたようにも感じる衝撃だ。

 

そして現在は、便利屋を使って荷物の整理を行っているらしい。祖母が熱望していた自宅も、その環境は既に失われていると見ていいだろう。ただし祖母は、物を溜め込む性格だ。どうやら白砂糖のストックを大量に持っていたようで、周囲に配ったとしても配りきれないレベルの様子。

 

つまり砂糖だけに限らず、もっと多くの物で溢れかえっているはずである。そういえばよく、冷蔵庫も隙間がなかったのを思い出した。母はその状況を見て、酷く辟易している様子だった。まぁ無理もないだろう、母は食品メーカーの研究者だ。性格的にも仕事内容的にも、受け入れられる有様ではない。

 

そういえば、母は介護が初めてじゃない。20年以上も前に祖父の面倒を見ていた。だからこそ、在宅の大変さは知っている。母なりに苦労して、そして思い悩んだ結果、施設へ送り出す決定に至ったんだろう。

 

祖母はずっと平和に暮らしていたけど、ある日いきなり入院して、訳のわからないまま施設へ放り込まれるらしい。もちろん諸事情はある。母が一人で見るのは、非常に大変だから。

 

「あ~うちに帰りたいな……」

 

入院する際、祖母はそう口走ったらしい。母はなんとも言えない気持ちになったそうだ。

 

「そういう時くらい、いつもの憎まれ口を叩いてもいいんだけどね。そういう時に、なんで急にしおらしくなっちゃうかなって思うよ」

 

マンションの階下から聞こえる世間話の如く、少し他人事のように話す母。あえて距離を取っているのだろう。客観的に見ているのか、少しでも冷静でありたいのか。

 

「あんたも血管系は気をつけなさいよ」

 

釘を刺された言葉が、妙に引っかかる。そういえば今は座りっぱなしの仕事だなぁ……。

 

夜空

 

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飼っているインコが珍しく弱っている。この夏にだ。タイミングが良すぎないか。

 

インコは今までに病気をしたことがなく、ずっと元気だった。だから具合が悪くなる姿を想像することもなかった。

 

何もかも当たり前じゃない、非常に不安定なシーソーの上に立っているんだろう。かといって、自分に何が出来るか?

 

……何も無いじゃないか。

 

ふと親戚達の反応を思い出す。みんな、なんだか意外だ。あんなに普段、悪口を言っていたり、親しくも無かったりするのに。ここぞというときに、感情を丸出しにしてぶつけてくる。

 

眉をしかめながら、得体の知れない黒いものに吐き気を覚える。

 

いや、きっと一番黒いのは、この出来事を傍観している私だ。まだ感情をぶつけている方が正しいのかも知れない。