内容にもよるんですけど、とあるコンテンツがそこそこ数字上がりまして。その際にコメント欄が概ね良いものでした。
ただ中には批判的な内容も合って、なんか見たことある光景だなーって思っていたんですよ。そうだ学校だ…!てな感じです。
どんな出来事でも受け入れる人と受け入れない人がいるのは昔からあった
なんかイメージとしては、めっちゃ面白いこと思いついた!って男子が言い始める感じです。そして真面目な方が「辞めなよー」って言い始める感じでしょうか。
どちらも悪くないんですけど、基本的な構図はいくつになっても変わらない感じなのかな?と思った話です。
どんな出来事でも多くの見方がある
必ずしも万人に受け入れられるものって、無いんだろうなぁ~という感じです。私が出したコンテンツは、悪意の欠片もない平和的なもの。
しかし無理やり難癖つけたがる人は必ずいます。まさに今回もそのようなイメージで、「えっ?!そこ??」というコメントがほんの少しだけありました。
まぁ今回だけじゃないですけど、必ずしも全員が同じ見方をするわけではありません。多くの人の見方があり、多くの判断基準があります。
例えばASMRの水流音も、水不足に悩む海外の現地人からすると「こんな贅沢に使いやがって!」となりますし。さすがに驚きましたけどね。
すべて受け入れてもらうのは難しい
以前からすべてを受け入れてもらうのは難しい、と実感しておりました。しかし改めて感じることとして、多くの見方がある状況はとても面白い。
すでに学校でそういう小さな集団が形成されていたのも、非常に興味深いところです。逆に言えば、そんな相反する価値があるから成り立つのかなぁみたいな。
ある意味では賛否両論を引き起こせば、大きなうねりになって話が深まると。コンテンツの質も高まっていきますしね。
ひとまず今後も平和的なコンテンツを作りつつ、多くの見方に気付かされていこうかと思います。
まとめ:見方が増えると引き出しも増えて楽しくなる
今回コメント欄を眺めていて、こんな方向性でも批判する人がいるんだ…と思いました。驚きとともに、やはり人の価値基準は多様だなと。
競合とか見てみると、平和的なコメントが上位に来ているんですよ。でもきっと同じような感覚を得ているに違いありません。