うえのブログ

身の回りの気になった事を記事にすることが多いのですが、気付いたら雑学系が多くなりました。今のとこ一年以上は毎日更新しちゃってます(^o^)

ブラックジャックによろしく・ガン医療編を読んでみた感想

f:id:uenoyou111:20180805033404j:plain

珍しく、漫画を読んでの感想です( ˘ω˘)

 

少しずつ時間が出来たおかげで、前から読もうとダウンロードだけしていたブラックジャックによろしくという漫画を見ています。

 

 

一応最初から読んではいるのですが、読了ペースが鈍足の極みだったのに件のガン医療編へ突入した瞬間に全て読んでしまいました( ˘ω˘)4巻くらい?

 

全く今まで意識もしなかったし、身近に症例がなかったガン。

 

生と死を人としての深い部分に根を張りながら切り込んでいく…深夜のお風呂で色々と考え込むほど影響を受けた内容でした。

 

なるべくネタバレは抑えつつ感想を書き出していこうと思います。

 

※ネタバレなしは無理だったのと、思ったより真面目な感想になってしまいました。

 

 

 

 

簡単なあらすじ

 

のっけから長くなっております。

 

今回の話では、主人公の斉藤先生は研修医として第四外科で研修を受けることになります。

 

かなり「熱い医師」で、循環器内科で研修を受けていた際も大きな権力(病院の都合)を無視し、患者のために掟破りの行動をしています。

 

そして新生児科→小児科→第四外科という流れで研修は続いていきますが、いずれの科でも患者を思うが故に様々な問題を起こしていきます。

 

(とは言っても、多くの医師が目の前の患者は見殺しにするが結果的により多くの命を救うという採択に対し、それはおかしい!と真正面から向き合う形です)

 

話の焦点になる第四外科での研修、患者は43歳の女性主婦。とある理由から膵臓がんと診断され、主人公の居る大学病院に入院してきます。

 

主人公を指導する庄司医師は膵臓がんの進行スピードがとても早いことを危惧し、転移の可能性もありながら全身のCTを撮る前に膵臓がんの手術をしてしまいます。

 

そして術後、庄司医師は「ガンはしっかり取り除かれ、手術は成功」と患者に伝えます。更に再発を完全に抑える、つまり念の為に抗がん剤を投与しましょうとも。

 

その後の検査で肺に転移していたことが見つかり、抗がん剤が効かなければ治療は絶望的。

 

結果として効果が認められず、患者には告知せず旦那さんのみに告知して終末に適した別の病院へ回す旨を伝えます。

 

ここから主人公の斉藤先生が、どう向き合っていくかという部分になります。

 

主人公が悩んだ部分

 

問題を起こし続けた彼は、自分が正しいと思った故に行動しただけで、決して彼自身は周りと問題を起こしたかったわけではありません。

 

そのため、(よくわからないけど)もっと大人になった方がいいのかな…と彼を抑止する悩みも発生します。

 

理屈では、告知をしないで患者を騙すことになろうとも最善の道がこれしかなければ従うしか無い…それは分かる。でもそれは、本当に最善なのか?

 

本人に告知した上で、未承認薬を投与するという手もあるのではないか。

 

(後述しますが、結果的に未承認薬を使うため、責任を取る指導医がカルテの改ざんなどもしてしまいます)

 

そしてこの行動は、患者にとって正しいのだろうか。などなど。

 

様々な悩みを抱えながら、指導する庄司医師を無視して患者に告知してしまい、更には未承認薬の可能性も伝えてしまいます。

 

ある日ガンと伝えられたら、どうするだろうか

 

私の身近なところでは、ガンで亡くなった方がいません。まだ、緩やかに死へと向かっていく方を見届けるという経験がありません。

 

私の父は急性心不全により、前日まで元気だったのに、ある日いきなり会えなくなりました。

 

5歳の頃でしたが、父との思い出は記憶する限り3歳の頃から覚えています。母との会話でも記憶が合致しているので、間違いは少ないと思います。もちろんあの日もそう。

 

同じ死でも、突然のものとゆっくり近づいてくるものは全く違うと思います。

 

残された側も、立たされてる側も。

 

主人公は、ゆっくりと近づいてくる死に対し受け入れるというのはおかしいのではないか?と切り込んでいます。

 

1.否認と孤立:頭では理解しようとするが、感情的にその事実を否認している段階。

2.怒り:「どうして自分がこんなことになるのか」というような怒りにとらわれる段階。

3.取り引き:神や仏にすがり、死を遅らせてほしいと願う段階。

4.抑うつ:回避ができないことを知る段階。

5.受容 

1000人を診た医師が語る「死の受容・5段階」「幸せながん患者・5つの分岐点」|今日のおすすめ|講談社BOOK倶楽部

 

最後の受容は、ただ疲れ切って考えるのを停止させてしまっただけじゃないだろうか。

 

皆、本当は生き続けたい。受容というのはおかしい。と。

 

そして見出しにある、ガンと伝えられたらどうするか?答えはわからない。です。

 

想像も及ばない、生と死の境界線

 

一般的な生活を送っている方であれば、自身の死に直面する機会というのは少ないと思われます。

 

更に客観的な話ですが、当事者でなければその苦しみは分からない。体験していないのだから、知りようがない。

 

そして当事者であっても、その悩みや症状、考え方は千差万別。

 

ただの理屈ですが、これらを踏まえても自分に置き換えた時、生がゆっくりと奪われていくことにはただただ恐怖しか感じません。

 

でも、その恐怖は仮想でしか無いのです。電車待ちをしている時、一歩踏み出すだけで死の世界が待ち受けている。

 

なのにどこか、土台が揺さぶられない安心の上に胡座をかいている状態。

 

自身の経験と合わせて、共感した言葉

 

主人公の斉藤先生が作中で話していたセリフで、とても印象に残った言葉があります。

 

がんは死と向き合い……残していく人達に別れを告げる時間のある病です

ー佐藤秀峰『ブラックジャックによろしく』(講談社、2004年)

 

実際に告知を受けた後、患者である辻元さんは上述した死の受容5段階を辿っていきます。

 

助からないと分かっていても、がんと向き合うために未承認薬の使用を願い出ます。

 

その残された時間で家族旅行へ行き、息子と娘に自身の現状と助からないこと、別れを告げ、限界を迎えた際に再度入院。そのまま、静かに息を引き取ります。

 

色々ありつつも、最後の最期には死を受け入れていたような気もします。

 

私は、別れも何もあったもんじゃありませんでした。全てが唐突に崩れて目まぐるしく変わらざるを得ない環境変化。

 

いや…別れが欲しかったというわけではありません。それを告げられた人は、自分の気持ちで受け入れていかなくてはならない。その心理状態はまるで理解に及びません。

 

現実としていきなり、強制的に受け入れなくてはならない状況とはまた違います。

 

それでも、残していく人達に別れを告げる時間がある病なんだろうな…とすごく分かります。

 

 

おわりに

 

小さい頃から死という経験は、強烈に自身の中に衝撃として残っています。

 

昔から健康や抗酸化に特異な興味を示すのもその辺が関係してるのかな?とか思ったり。

 

最近ではほとんど思い出されることの無かった感覚ですが、なんだろう…書いててまとまりませんがこの漫画を見て久々に揺さぶられたような感覚を得ました。

 

全く答えも出ないし追い続けるものになる内容ですが、もし自身が死と直面したら。

 

時間が残されているなら発信し続けるのかもしれないな…とは感じました。