表現することって、個人的にはかなり好き。
ブログも間違いなく自己表現の一つで、文字の羅列なのに好き勝手書けるっていうのは素晴らしいことだと思う。
(もちろんそれなりの制約はある)
そんな自己表現だって、表現しすぎて逆に影響受けちゃうこともある。
てか、一種の芸術だと思う
ブログは芸術、もう一人の自分で、記事が作品達。
こんな書き方をしてると、たかが文字を書いてるだけで偉そうな事を言ってるんじゃな(ゲホゲホ
とか言われそうだけど、結局見方の違いだからしゃーないと思う。
自身もそんな気持ちで書いてるわけじゃないし。
ただ、何でもそうだけど自己を表現して不特定多数の人が見られるようにする状態。
しかもそれについて影響を受ける人がいると、それはもはや作品であり芸術の域に到達するんじゃないかってふと思ったという話。
音楽が大好きだった
昔はそりゃもう音楽が好きすぎて、マイナーな曲調が大好きだった。
クラシックもよく聴いたし、曲を聴くだけで景色と自分が思い描いた気持ちに没入出来る感覚が何度でも蘇った。
その後はメロディック・スピード・メタルにハマッた。
疾走感の中に詰め込まれた細かい音達と重圧感、なのにギャップな叙情的メロディーが当時の心境に大ヒット。
この頃に、自己表現の一種としてピアノをまた習い始めた。
初めてピアノと触れ合ったのは3歳頃なのだが、本格的にやり始めたのが小学1~6年。
中学校は一応陸上部に属してたけどほぼ帰宅部で、帰ったら音楽を聴き浴びる生活。
やっぱりピアノが弾きたくて、高校になってからバイトして自分で月謝を払ってヤマハに通った。
今は弾いてない。
そういや絵も描いた
普段はテキトーなのに、一度集中するとそれなりの何かが作れると自分で感じていた。
小学生最後の記念に、授業で街の風景を描いたら金賞の上、特選賞なんてのをもらった。
その時に、自己満足から他者に評価される喜びを知ったかもしれない。
でもそこでこじれて、漫画を一時期たくさん描いてた気がする。
ただ私にはストーリー構成とか、話を進めていくタイプの絵描きがあまり得意じゃなかった。
一点集中型の、一枚扉絵みたいなのが得意だったという。
今は描いてない。
そして今に至る
なんだかんだで文章を作り上げていくっていうのは、今までやったことがなかったので文章力がとっても無い。無いの。
だからこそ成長していく過程が楽しめるし、むしろ視覚的にストレートに訴えてしまう絵やイラストと比べて、文章は受け手によって世界観が大きく変わる。
これってすごいな、と。
「あなたの文章は淡々としていて人間味がない」なんて言われちゃったけど、それも一種の表現方法なのかなーとか。
どうなのかなーとか。
人によってはそれが違う風に伝わるし、思った以上に自己表現の方法としては文章は楽しいかも。しれない。
自分が何をしたいのか
こうやって向き合って結果が出る前の話を。てか、向き合ってる最中の内容をこうやって書き連ねていくと。
思ったより自分の事が分かってくる。
そして、意外とまとまったりする。
今回は全くまとまってないけど。
内面と向き合うって、ホント向き合えば向き合いすぎただけ変な方向に精神状態がスイッチしちゃうと思う。
中学、高校時代は特に、度々その向こう側に行ってたなぁと。
最近はちょっと大人になったのか、その感覚が分かってきたからコントロール出来てるだけなのか。それとも忘れただけなのか。
自動的にストップがかかるようになった。
もう戻れないのか、それともただ恐れてるだけなのか分からない。
でもまた、戻れるなら。今見える景色は何となく違う気がする。
と思って、自己表現を辞めないのかな。
終わりに
基本的に内面と向き合う時はまとまらないので、まとめない。
数ヶ月後、数日後、もしかしたら数秒後には出た結論が変わってるかもしれないし。
明日にはやっぱブログやーめた٩(′д‵)۶ってなるかもしれない。
答えが出ない答えを探すのは楽しい。