能力が高いか低いかって、多くの場面で重要視されますよね。何かが出来る、出来ないに関わらず。
でもこういうのってなかなか見分けがつきにくいです。一見能力が無いように見える人でも、条件が変われば全然違う成果を作り出します。
能力はもっと曖昧なもので条件が変われば全く違う結果になることも
私なんかは社会不適合者なので、あんまり会社やチームで働くのが得意じゃありません。
とはいえ条件次第では、もしかしたら能力を強く発揮できる環境があったかも。能力値って数字で表せられるものじゃないですよね。
当然やる気がないと能力値は低く見える
経験上、私は上司とあまり気が合いません。根底に「上司の言うことは大半がおかしい」と思っていたからでしょう。
おかしいと思うのは長い間、指揮命令を愚直に聞き続けて蓄積されたものです。いつだって「こうしたほうが良いのに」という、自身の声が正しかったんですよね。
もちろん多くの事情や考え方はわかります。しかし事実として、自分で考えてやったほうがいい結論にたどり着きました。
なので社会生活を続けていくうちに、徐々にやる気はなくなっていった気がします。こうなると能力値は低く、あまり良い見え方はされないはずです。
方向性を変えると能力値は高く見える
よく私が言われていたのは、「上司に評価されないけど周囲の評価は受けるタイプ」でした。
真面目なのでサボるわけでもなく、自分が正しいと思うことに時間を使うわけです。なるべく上司に反発しすぎない程度で。
そうなるとやはり見てくれる人は見てくれます。上司からは評価されないので力を発揮しない、でも見てくれる人には発揮する。
そんなこじれた状態になっていたので、能力って曖昧なんだなぁと思っていたものです。
考え方と行動は一致しなきゃ難しい
現在では自分のやりたいことに、自分のリソースをつぎ込める状態です。そこで初めて、今までしていたことの無駄に気付きました。
やはり自分の考えていることと行動を一致させないと、自分に枷を作ってしまいます。この状態じゃなかなか前に進めません。
そういう環境もあるし、精神的なものも強いです。能力値って不安定なものだし、正確に判断できないでしょう。
だから人を見るときって、能力値よりそういった背景かなぁと思います。根性論じゃないけど、やる気次第っていうのはそういう部分かなと。
まとめ:能力は目に見えないものが多いので阻害するものを見るといい
ジャンルが違うと能力を発揮するのも、きっとやる気の部分だと思うんですよ。得意なものってモチベ上がりやすいじゃないですか。
なので能力自体を見るより、その能力発揮を阻害しているものに注力したほうがいいのかなぁと。