うえのブログ

身の回りの気になった事を記事にすることが多いのですが、気付いたら雑学系が多くなりました。今のとこ一年以上は毎日更新しちゃってます(^o^)

マリー・アントワネットの恋と結婚について素人が色々と考えてみる話

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今日はかなり趣向を変えてマリー・アントワネットのことでも書きます( ˘ω˘)

 

え?急に何言ってんのこいつ?ってとこですが、ちら見したやつを自分でもまとめてみようと思うメモ話です。

 

なのでわからない方は、見てもようわからんと思われます…その場合はスルーで(^o^)

 

 

マリー・アントワネット

 

日本人には『ベルサイユのばら』でおなじみのフランス最後の王妃マリー・アントワネット。

 

彼女は国王ルイ16世に嫁ぎ、四面楚歌の宮廷で困難にぶつかりながらも4人の子供をなしており、王妃としての義務は果たしていました。

 

当時のフランス宮廷は貴族の『結婚』と『恋愛』は別物であり、その頃のモラルは現代の日本人には理解しづらいところもあります。

 

しかし、そうした部分があってこそ保たれていた一応の秩序があったのです。

 

王妃を守ることになる存在

 

マリー・アントワネットが嫁ぐ前の時代、殆どの王には王妃と別に愛妾・寵姫と呼ばれる女性がいました。

 

彼女らは富と名声と王の寵愛を受けることと引き換えに、批判や糾弾、そして政治や外交といったさまざまな面倒を一手に引き受けていました。

 

王妃の立場を正しく守るために、彼女らがいたとも言えるのです。

 

残念ながら、ルイ16世は凡庸な人でした。女性に対する興味が殆どなかったのです。

 

それはマリー・アントワネットにとって嫁いできて最初の悲劇であり、寵姫がいなかったことがもう一つの悲劇にもなったのです。

 

彼女の悲劇

 

寵姫が表で派手に動けば、その陰に隠れて王妃の行いはそうそう咎められることもありませんでした。

 

しかし、彼女にはそうした隠れ蓑が存在しなかったのです。

 

その結果として、彼女の一挙手一投足は全てフランスに対する害悪のように描かれることになり、反王政のプロパガンダに利用されるばかり。

 

あることないことを書き立てられ、それは加速度的に国中に広まっていったのです。

 

今のようなSNSもインターネットもなかった時代でこれほど拡散されるというのは、いかに彼女の存在がそのものがセンセーショナルで、さらに当時のフランスの国情が悲惨であったか、ということの現れでした。

 

フェルセン伯爵

 

マリー・アントワネットは、国民たちの憎悪の的として全てをぶつけられるアイコンにされてしまったのです。

 

確かに彼女は、夫に相手にされなかった寂しさを遊びで埋めていた時期がありました。

 

そして物事をあまり深く考えるということをしない、ある意味お気楽な質であったこともより事態を悪化させる要因とさせてしまいます。

 

そう、反体制派や貧しい市民の憎悪が増して、取り返しのつかないところまで堕とされることになるのです。

 

そんなマリー・アントワネットの慰めになったのがスウェーデン貴族のフェルセン伯爵でした。

 

※『ベルサイユのばら』以来、日本ではフェルゼンとも呼ばれてきましたが、母国語ではフェルセンの方が近い発音になるようですね。

 

彼との出会い

 

彼との出会いは仮面舞踏会であったというドラマチックさ。

 

そして命がけでマリーとその一家(王と子供たち)を守ろう、そして救い出そうとする姿は、まさに運命の恋に突き動かされているようでした。

 

マリーとフェルセンを描いた数々の作品の中で、王は二人に対して『理解』を示していました。

 

自分がフランスという大国の王の器ではないこと。

 

そしてマリーの快活さ、美貌に釣り合わない男であることを自覚していたのです。だからこそ、マリーに対するフェルセンの存在を認めていました。

 

それがルイのマリーに対する『愛情』の示し方だったのかもしれません。

 

大きな歪み

 

しかし、もっとも重要な局面でそこに歪みが生じました。

 

ベルサイユからパリに移された王家をオーストリアに逃亡させようとする計画をフェルセンが立てて実行した時、あと少しというところで王家は逮捕されてしまいました。

 

その途中で、国王がフェルセンの随行を拒んだのです。

 

それは、外国人であった彼の今後の身の安全を慮ってのことだったのかもしれません。


また、そんな状況にあってもなお『自分は国民たちに慕われている』と、それほどに悲劇的な予想に思い至らなかったのかもしれません。

 

感じたこと1

 

しかし、もう一つここに要素があるのでは、と思うのです。

 

国王はマリー・アントワネットを妻として独占したかったのではないか、ということ。


マリーはこの時期、流石に行いを改め家族を大切にする日々を過ごしていました。

 

『良き王妃』として生きることを決めたのです。

 

あと少しその決意が早ければ、史実にある悲惨な最期は回避できたかもしれません。

 

感じたこと2

 

マリーは王がギロチンに引き出される直前まで、王とともに在ることを望みました。

 

イギリスのチャールズ1世は同様の危機を予想したとき、すぐさま妻子をその母国へと逃がしました。

 

そのお陰で王の血脈は保たれ、本人は斬首されましたが、その王位は後に子供へと受け継がれました。

 

もし、ルイ16世にそうした先見の明と危機管理能力があれば。

 

フェルセンの存在遺憾に依らず、マリーと娘・息子はこれほどの悲劇に見舞われることなく、歴史は変わっていたかもしれません。

 

 

終わりに

 

残念ながら、ルイ16世の決断はそちらに向くことはなく。

 

多くのことを悔いながら二人とも断頭台に向かう運命となってしまったのです。

 

しかし、フェルセンの存在は最期までマリーの慰めでした。

 

その恋があってこそ、彼女は王妃としての矜持を持ち続けることが出来たのかもしれません。

 

 

 

ではでは(`・ω・´)ゞ